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March 06, 2008
浅謀近慮3:マッチョな起業者像
下記参照先エントリをはじめ、ロストジェネレーションとマッチョに関連する複数のブログのエントリを読んだ。それで思ったことを参照先についてのメモとして未整理のまま書き散らす。真に良質の雇用を創造し、人々を救うのは、今までにないサービスを開発し、いままでにない市場(ブルーオーシャン)を開拓し、日本全体の総雇用自体を増やす企業だ。
こういう新たにパイを作り出す仕事をすると、自分が成し遂げた仕事によって多くの人々が幸せそうにしている様子を見る機会が多くなる。人々から直接感謝の言葉をもらうことも多くなる。だから、毎日を幸福感に包まれて過ごすことが出来る。だから、はてなの近藤社長は毎日を幸せに過ごすことが出来るのだ。
(中略)
ただし、さらにもっと心の美しい人間は、「シンドラーのリスト」のように、少しでも多くの人を救出するため、吹雪の中で大企業に寄生しながらでも起業のための力を蓄え、不況が続く中でもなんとかビジネスチャンスを見つけて起業し、大きなパイを作り出し、人々に雇用を分け与え、何十人、何百人という人を救出するのだろう。
とくに好きな仕事でなくても、すばらしい幸福感に包まれて仕事をする方法 - 分裂勘違い君劇場
このような起業者が本当にいるとして、パイを作りだし皆に分け与えることをも起業目的の一部としているということは、彼の効用関数には自らの経済活動による経済成長も含まれるているということになるのか。
自分の経済活動の結果の経済成長(=雇用の創出)って、個々の主体にとっては通常外部経済だと考えられていると思うんだけど、それをも内部化して行動するような起業者像というのは、シュンペータ以来の起業者像を越えたもので、マッチョな起業者などという言葉で表現するのがピッタリなのかもしれないけれど。。。
上記参照元では「他人からの感謝のされ度合い」として、仕事を以下のように分類している。
(1)自分でパイを作り出したのか?(1)は市場を創出し、経済を成長させる起業者だ。参照先では他人の雇用を創出する救世主とされている。こいつが仮に「マッチョな起業者」なら、他人の雇用まで自分の効用に内部化されてるので、より経済・社会に貢献する。
(2)有り余っているパイを食べたのか?
(3)他人を蹴落として限られたパイを奪ったのか?
(2)は需要があっても、供給がなく、成り立っていない市場へ供給を行う人だ。参照先では足りない需要を満たし、需要者を幸福にするとされる。
(3)は、「事務職が5人に1人しか求職されていない状況の中で自分が職を確保したら他の4人は就職できない」という、(労働)市場競争の意味で使われている(ちなみに参照先の求人倍率は分母と分子が逆だと思う。)。参照先では競争の結果職を得ても、他人を不幸にし生き延びたに過ぎないのであってダメ扱いされている。でも、自分には、(3)は競争の結果であり、状況が危機であろうと平時であろうとそこに罪などあるとは思えない。
むしろ、世の中にはこの他に、
(4)諸制度を利用して他人から(蹴落とすというより)かすめ取るのか?というカテゴリもあって、それこそが問題ではないのかと思う。その上、(4)も一見したところ起業者のように見えるから余計にたちが悪い。
(1)は(パイを作り出すことまでを目的とするマッチョ起業者か否かはともかく)起業者である。経済は彼らが成長させていく。一方、(4)のようなかすめ取り型経済活動は、一見して収益が出ていて何かを生み出しているようでも、そこにアントレプレナーシップなんてものは無く、この文脈で起業とは言えない。(4)のようなことをする企業者は起業者ではなく、単に既存の経済秩序の中に住まうレントシーカーに過ぎない。だから、「雇用と雇用主の悪質さは全く違う」と言うか、「起業と企業(の経済活動のうち悪質なもの)は全く違う」のであって。。。
自分はぜんぜんマッチョでないので、(4)によってかすめ取られている人に向かって「それはかすめ取られるお前が悪いのだ」と自己責任論を言う気にはなれない。現在がそんなかすめ取りを可能にする状況にあるのは、やはり社会の責任に帰せられると思う。
疲れている人が救われ、人が自分で決断し実行し責任をとれるように、人がちゃんと自分の生産性に見合った収益を得られるようになるための手段として、人の尻を精神注入棒で「オマエもマッチョになれ!」と叩きながら啓蒙することはひとつの方法だろう。世の中、経済成長まで自分の効用に組み込んでいるようなマッチョな起業者だらけになれば、経済成長は超加速し、みんなもう幸せいっぱいになれるだろう。
でもマッチョではない自分にとっては、個々の非マッチョの尻を叩いてマッチョ化させるより、レントが発生する余地のある既存経済秩序・制度を変え、人が自然と自分で決断し実行し責任を取るようになる環境を作っていく方が、より現実的で人を不幸にしないと思える。
公務員志望の人から「なんで公務員になったんですか?」と問われると、いつも(今日も)答えに窮するんだけど、そーいう仕事ができればいいと思った。
なお、いわゆる規制緩和や構造改革は、必ずしもレントを減少させるものばかりではなく発生する余地を増加させ得るだろうし、役人など公的機関の活動によりレントが生み出される構造については、当然に是正されるべきものだと思う。。。と。
Posted by rover : March 6, 2008 12:01 AM