January 30, 2006
セパレート
ユカリが帰ってから、お酒のペースが更に上がった。さっきまでやっていた、一気飲みゲームは終わったけど、酒宴は終わりそうにもなかった。男の子二人は、まだまだと言いながら、ウイスキーの瓶をラッパのみしている。もう一人の男の子はタバコを買いに、近所のコンビニに行ったきりで帰ってこない。時計は午前二時を指していた。タバコを買いに行った男の子は、外でタバコを吸っていた。ダウンを着てきたので、寒くはなかった。自分の部屋で行なわれていることを思うと、胸がつまった。でも、どうすることもできなかったし、しようともしなかった。とにかく、面倒くさいことは嫌なのだ。今日の鍋パーティーは、とにかく面倒くさかった。
サチエは眼前がぐねぐね廻り、手足が震えて止まらなかった。ときおり、強烈な吐き気が襲ってくる。カナは男の子の一人と楽しそうにじゃれあっている。そういえば、とサチエはふと思った。男の子の名前って何だっけ。鍋パーティーをはじめてすぐに、自己紹介をし合ったはずだった。だけど、名前なんてすっかり忘れてしまった。それどころじゃない、とサチエは考えていた。あたしもユカリと一緒に帰ればよかったんだ。身体に反して、頭の中だけは結構冷静だった。
一番カッコいい男の子がサチエの横に座った。「気分悪いの? 大丈夫?」そういって、男の子はサチエの背中を擦った。一番カッコいい男の子に背中を擦られて、サチエは満更ではなかった。「あ、うん、大丈夫だけど、もう限界かも」と言うと、カッコいい男の子はサチエに身体を近づけた。そして、耳元で囁く。「限界? 一緒に横になる?」ゾッとした。サチエは反射的に男を押しのけた。ふざけるな。馬鹿みたいに酒を飲ませておいて、結局はそういうことなのかよ。サチエは男を睨んだ。もう一人の男の子とカナは依然、いちゃいちゃしている。でも、カナの目は完全に据わっていて、もう限界なのだと思う。自分が何をしているのかも、判別がついていないに違いない、とサチエは冷静にそう思った。
男が、懲りずにサチエに寄ってくる。意識はあるのだが、身体がいうことを聞かない。男を突き放そうとするのだけれど、男はアイスホッケー部のエースで、身体が屈強でどうにもならなかった。男が身体を触ってくる。もう、嫌なのか、嬉しいのかさえもわからない。普段なら、結構嬉しかったりするのかもしれないけれど、こんな状態では何の感情も生まれない。とにかく、身体の震えと、強烈な吐き気をどうにかしてほしいとサチエは思う。男はサチエにキスをした。サチエは拒みも、受け入れもしなかった。正確には、拒むことも、受け入れることもできなかったのだ。ウイスキーの味がした。どうしようもなく下らないキスだった。
思考が止まる。サチエは、やっと正当に酔うことができた。男のキスがサチエを本来的に酔わせたのかもしれない。サチエは考えることができなくなった。何が起こっているのかもよくわからなくなった。とにかく、吐き気で苦しくて、楽になりたいと願っていた。下半身に電気が走ったみたいな刺激があったけど、サチエにはよくわからなかった。うっすら目を開くと、カナが裸で男の子とじゃれあってる。馬鹿じゃないとか思って、また目を閉じる。誰かがあたしのことを触ってる。誰かがあたしの上に乗ってきてる。ふざけんな。ふざけんなよ、でも、あたしにはどうすることもできないし、どうこうしようとも思わない。とにかく、吐いてしまいたい。でも、身体が動かない。サチエはそんなことを思っていた。でも、何が起こっているかは全然わからなかった。世界が揺れている感覚がある。
世界が揺れて、身体に変な感覚と下半身の鈍い痛みが続く。しばらくして、サチエは我慢が利かなくなった。ウイスキーが口から吹き出てきた。恥ずかしいと思った。力を振り絞り、立ち上がった。男が身体の上に乗っかっていたけど、それでも立ち上がった。そして、トイレに走った。上手く歩けなくて、何度か転びそうになったけど、玄関口の方に向かう。吐いてしまいたかった。今日のことを全部忘れてしまいたかった。よくわからない今日という日を、まるごと消してしまいたかったのだ。そのためには、吐くのが一番いいと思った。洗面所の横に、白いドアがある。胃液が喉元まで迫ってきていた。取っ手を握りしめ、それを目一杯の力で引っ張った。
トイレだと思ってドアを開けたら、そこは壁面にカビの生えたバスルームだった。セパレートだったんだ。サチエは、耐え切れずにそこで吐いた。バスルームの床面に吐瀉物が飛び散った。構うもんか。胃の中にあるウイスキーを吐き出したら、少し気が楽になった。このまま寝てしまえばいいと思った。寝て、また起きたら今日のことを考えればいい。サチエは洗面所に敷いてある湿ったバスマットに横たわった。その瞬間に、涙が零れ出た。知るか、と呟いた。まるで自分のじゃないみたいなそれが洗面所に響き渡り、それを聞いたら、サチエはぐっすり眠ることができた。
午前四時頃、外でぶらぶらするのにも飽きた男の子が部屋に戻ってきた。荒れ果てた自分の部屋を見て、真っ先に考えたのは、面倒くさいということだ。面倒くさいことがあるときには、寝るのが一番だと知っていた。男の子は、丸裸の四人を押しのけて、ゲロ塗れの自分のベッドに上がり、ゆっくり眠ることにした。眠りながら、男の子は弟のことを考えていた。そういえば、あいつ今年受験だよな。柄にもなく、弟のことが心配になり、来週、実家の山梨に帰ろうと決めた。