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July 22, 2005

きみよが好きでしかたないひと

きみよと僕は、生徒と先生の関係だった。
僕が大学三回のときに、きみよは高校三年で、
きみよは僕がアルバイトをしていた塾の生徒だったのだ。

僕は英語を担当していた。
延々と、グラマーの問題集を解きつづける退屈な授業だ。
きみよは、そんな退屈な授業をいつも真剣に聞いていた。

授業が終わると、きみよは真っ先に僕の元にきて、質問をする。
内容は英語に関するものであり、そこに私語は存在しなかった。
だけれども、きみよは僕を、誘惑していたに違いがないのだ。
僕にはそれがわかっていたんだ。
わかっていたけれども、僕は何かしようとなどしなかったし、何もできやしなかった。

きみよは、僕が説明をしている間、ずっと僕の眼を見ていた。
質問をするのに、ずっと眼を見る必要なんてあるのだろうか。
きっと、眼なんて見る必要はないんだ。
だけれども、きみよは僕の眼をずっとずっと見つめていたんだ。

受験を間近に控えた冬のことだったんだ。
「せんせいは、彼女さんいるの?」
教室に二人きりで、質問を受けているとき、きみよはそんなことを聞いてきた。
教室に、生徒と二人きりになることは、会社の規約で禁止されていた。
そのことを僕は知っていたけれども、僕は教室を出ようとしなかったんだ。
何でだろう。それは僕にもわからない。
きみよと、こうやって二人でいることを、つづけたかったんだ。

「彼女? いるに決まってるやん。僕はモテるからな」
「自分でモテるとかいうの、カッコ悪いよ?」
きみよは微笑みながら、そう言った。確かに、カッコ悪い。
「そんなことない。ホンマにモテる男は、正直にそう言うもんや」
「ていうか、せんせいって、そんなにカッコよくないじゃんか」
「うるさいよ。放っとけ」

急に、きみよは僕の手をとって、まじまじと眺めはじめた。
「何してるん?」
「何って、せんせいの手を見てるんだよ」
「それは知ってるわ。何で僕の手を見るの?」
「せんせいのことが好きで好きでしかたないから」

「そっか」
僕はそう言って、手をきみよから離した。
きみよは僕の眼を、ずっとずっと見ていた。
「せんせいの眼は、すごい綺麗なんだ。だから、あたしはせんせいの眼を見るの」

僕はからかわれているのだと思っていた。
女子高生に翻弄される自分が情けなかった。
「そういうの、気まずいからやめてくれへん? 僕はあれやん、一応、「せんせい」やから」
「うん、あたし、そんなせんせいが好きでしかたない」

「わかったから、勉強しろ。お前は受験生やねんから」
僕はそう言って、教室を出た。
きみよは追いかけてはこなかった。

そして、ビルを出て、タバコを吸った。
風が冷たくて、外にいると滅入りそうになった。
僕は少し動揺していた。
きみよの眼はすごく美しかったんだ。
だから、僕は動揺していたんだと思う。

しばらくして、僕はボールペンを教室に忘れたのに気づいた。
教室に戻ると、きみよはもう、帰った後だった。
いくら探しても、ボールペンはなかった。
それは、すごく気に入っていたボールペンだったんだ。

僕はボールペンを諦めて、家に帰ることにした。
下駄箱に小さな紙切れが入っていた。
きみよの字だ。ボールペンで殴り書きされたきみよからの手紙だ。

  私が大学に入ったら、私は先生の彼女になるから
  それまで、ボールペンをお守りに貸してください

きみよは神戸大学に落ち、早稲田大学に進学した。
合格祝賀パーティーに、きみよは来なかった。
それ以来、僕ときみよは一度も会っていないし、連絡先も知らないんだ。
だから、僕の気に入っていたボールペンは今もきみよに貸したままなんだ。

僕の最後の授業のあと、きみよはいつものように質問にきた。
いつものように質問をし、いつものようにずっと眼を見てきた。
「せんせいの眼、やっぱり綺麗だね」
きみよはそう言って、家に帰っていったんだ。

投稿者 loveforever : July 22, 2005 02:44 AM

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