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September 02, 2006

映画評:パイレーツオブカリビアン デッドマンズ・チェスト

パイレーツオブカリビアン デッドマンズ・チェスト

前作に引き続き、アクションシーンがたっぷりな映画。
全編の8割がアクションシーンという印象。
・・・多すぎてだれました。
前作をこの映画を見る直前に見たためか、序盤のアクションシーンですでにおなかいっぱい。
その後もひたすらアクションシーンが続くので映画を見ているのがかなり苦痛でした。
直前に前作を見ていなかったら、ここまで苦痛じゃなくて、普通にアクションシーンを楽しめるのかも…とフォローしておきます。

前作からのつながりも多少あるので、できれば前作を見ていたほうが面白いと思います。
キーパーソンが説明もなしに登場する場面があり、そこは前作を見てないと???となると思います。
とはいえシナリオはあってないようなものなのですが・・・

投稿者 gaaaaaaan : 01:07 PM | コメント (0)

August 25, 2006

映画評:パイレーツオブカリビアン 呪われた海賊たち(ネタばれ有)

パイレーツオブカリビアン 呪われた海賊たち
DVDにて

2作目のデッドマンズ・チェストを見に行くので、その前作をあらかじめ見ようということで・・・
いわゆるアクションものの映画、全編の5割以上がアクションシーンで構成されているような印象でアクションが好きな人や、アクションシーンを見てスカッとしたいと思っている人にはおすすめ。

以下ネタばれ(反転したら読めます)



ただ、シナリオの面だと、
敵が呪いにより不死状態になる。

不死を解除するために主人公の助手の血が必要

助手をさらうためにやんややんや

敵が助手をさらうの失敗

主人公と助手、敵のアジトにつっこむ

助手、呪いを解除

不死を解かれた敵は、殺される


という流れで、一応映画の中では筋道はとおっているものの、なんかすっきりしない。
まぁ、それを差し引いても楽しめるアクション映画だと思います。

投稿者 gaaaaaaan : 05:09 PM | コメント (0)

August 23, 2006

映画評:時をかける少女

時をかける少女−細田守


この映画、ネット上でよく良いという評判をみたので、見てみたいとかねてから思っていたんだけど、京都で上映している映画館がなかったため見れないでいました。19日からようやく京都シネマで公開されたので視聴。ネット上での噂のためか、どの回も満席で立ち見も出ていました。立ち見とか久しぶりに経験したなぁ。

さて、映画の中身ですけど、確かによかった。高校生の青春という素材に、タイムワープ(劇中ではタイムリープと呼ばれている)という方法で調理してみた感じ。主人公の性格がすっきりさっぱりしているので見ていて楽しかったです。

また、「初々しい恋愛」と「夏」を感じさせる場面がかなり多く、それが非常に良かった。「初々しい恋愛」も「夏」も短い間に輝いているというイメージないですか?すごい元気でパワーがあるんだけど、気が付いたら終わってしまっている。そのギャップに僕はいいようのない寂しさを感じることがままあるんだけど、その儚さがよくでていてぐっときました。ぐっと。

とりあえず、カップルで何か映画見ようか?ということになったら、この映画は一押し。
上映している映画館が非常に少ないのが難点ですが・・・

投稿者 gaaaaaaan : 08:55 PM | コメント (0)

July 25, 2006

番組評:映像の世紀 第二集

戦争からきらめきと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。アレキサンダーやシーザーやナポレオンが兵士たちと危険を分かち合いながら、馬で戦場を駆けめぐる、帝国の運命を決する、そんなことはもう無くなった。これからの英雄は安全で静かで物暗い事務室にて、書記官たちに取り囲まれて座る。一方何千という兵士たちが電話一本で、機械の力によって殺され、息の根を止められる。これから先に起こる戦争は女性や子供や一般市民全体を殺すことになるだろう。やがてそれぞれの国には、大規模で限界のない、一度発動されたら制御不可能となるような、破壊のためのシステムを生み出すことになる。人類は初めて自分たちを全滅させることができる道具を手に入れた。これこそが、人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である。

−ウィンストン・チャーチル

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前回に引き続いての第二集の紹介。今回は第一次世界大戦の始まりから終結まで。この戦争において重要な点はやはり火力の増大と塹壕戦につきると思う。いままでは騎馬隊と歩兵隊で突撃するのがメジャーな方法だったが、機関銃の発明により、バリケードを作ってそこから銃を乱射するだけで相手の兵士をなぎ倒せるようになった。地上に生身の人を配置しても無駄死にさせるだけとなったのである。じゃぁ、いったいどうやって戦うかというと、塹壕を掘って銃弾にあたらないようにし、そこから射撃するようにすることだった。しかしどちらの国も考えることは同じで、お互いに塹壕をはさんだままの戦線の膠着が続いたのだった。なんとこの状態が4年間も続き、その間相手の塹壕ラインを突破するために兵器の開発が続いたのである。具体的には、毒ガス・戦車・戦闘機・火炎放射器などで最終的に兵士だけで900万人の戦死者を出した。

この映像は戦争の悲惨さをよく伝えている。いったいなんでこんなことが起こってしまったのか、どうしてこんな悲惨な戦争が行われることになってしまったのかを考えると、やはりそれは、開戦当初はここまで悲惨なことになるとは思ってなかったということになると思う。『さくっと戦争をやって、半年もたたずに決着が付く、戦闘期間も短いし今までの戦争と変わらないだろう』という思い込みが戦争を始めさせたのだ。そしていったん始まってしまうと、どちらかが負けるまで戦闘は終わらない。しかし勝つために歩兵を進軍させると大量に兵を失って負けてしまうというジレンマに陥り、長期化、被害の甚大さに繋がったのだと理解している。

確かに、戦争が長期化しここまで被害が拡大すると開戦前に予測することは難しかっただろう。また、その頃は植民地政策全盛の時代で、戦争に勝つことによる利益によって国が潤うという側面もあった。だから、この戦争が起こったことは人間の心理として理解できる。ただ、この戦争が終わってからたった21年後にまた大規模な戦争が起こっているのが納得がいかない。なぜだ。これだけ戦争が悲惨になるってわかっているのに、なぜお前たちは記憶も鮮明なうちから第二次世界大戦をはじめるのだ。いったいこの戦争で何を学んだのだ。と考え込んでしまった。

この第一次世界大戦から第二次世界大戦までの出来事が気になり調べてみたところ、非常に興味深いことがわかった。なぜ第二次世界大戦が起こったのか、その芽は戦敗国への多額の賠償金によって生じた、生活の圧迫による不満であった。その不満によりナチスがうまれた。では、なぜそのナチスドイツが第二次世界大戦を引き起こすことができるほど力を蓄えることができたのだろうか?その理由はなんと、第一次大戦の甚大な被害と恐怖に対してうまれた平和主義だった。この戦争を避けようとする主義・政策・世論によって、ナチスが軍を持つと主張した時に阻止することができず、ラインラントへの駐留を阻止することができず、オーストリアの併合を阻止することができなかった。ナチスはオーストリアを併合した後、チェコスロバキアのズデーテン地方を要求し、もし断るなら戦争も辞さないと宣言した。これに対してすら、戦争を嫌う各国は「これ以上の領土を要求しない代わりに認める」という結論を出してしまったのだ。もうこれは悲劇というほかない、戦争を回避するための平和主義がナチスの軍備拡大・領土拡大を許したのだ。いったい、これはなんだ。平和主義が戦争を生むのか。そんなことがあっていいのか。平和主義が戦争を生むならいったいどうしたら第二次世界大戦を防ぐことができたというのか。僕はこの答が容易に見つからず、頭を抱えてしまった。


最後に(これがいいかどうかは別として)チャーチルの言葉を引用しておく、

第二次世界大戦は防ぐことができた。宥和策ではなく、早い段階でヒトラーを叩き潰していれば、その後のホロコーストもなかっただろう。

−『第二次世界大戦回顧録』ウィンストン・チャーチル

投稿者 gaaaaaaan : 06:44 PM | コメント (0)

July 21, 2006

番組評:映像の世紀 第一集

映像の世紀 第一集−NHK

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僕が高校2年の頃、テレビが急に面白くなくなり、大学に入ってからはまったく見ないようになった。したがって僕のテレビの歴史は1998年あたりで止まっているわけだが、今でも深く印象に残っている番組が2つある。ひとつはNHKスペシャルの"海"、もうひとつが今回紹介する"映像の世紀"だ。

以前からもう一度みたいと常々思っていたのだが、わざわざ図書館まで行くのも億劫だったので見れないでいた。だが、ついこの前「もしかしてYouTubeにおいてあったりして」と思い、検索してみたところ本当に見つけたので紹介がてら感想を書いてみようと思います。本来ならばこういった違法ファイルの紹介じゃなく、正規のものを紹介したいのですが実はこのビデオ、定価が8万もするのだ。これはあまりにひどすぎる。個人が買うことを前提にした値段ではないよ。もちろんレンタルビデオにもおいてないし・・・。こんどNHKが過去のアーカイブを有料ではあるもののネット上で見ることができるようにするらしいので、それに期待したい。一作品200円ぐらいなら僕は喜んで払います。

さて、これは全11集のシリーズで、映像を使って20世紀を振り返りましょうというコンセプトになっている。この第一集では映画が誕生した1895年から第一次世界大戦が始まる1910年あたりの映像が集められている。あの、みなさん1900年前後の映像とか見たことありますか?僕はこの番組以外でみたこと、ほとんどないよ。そんなめったに目にしない映像が80分もまとめて見れるのはとてもよい経験だと思う。例えば1900年のパリ万国博覧会、イギリスが最も輝いていたヴィクトリア朝時代、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世の私生活映像等を見たことある人がいったいどれぐらいいるのだろうか?中でも特に衝撃的だったのが、サラエボ事件で暗殺される数時間前のオーストリア皇太子の映像で、この第一次世界大戦のきっかけとなった歴史の大きな転換点を見ているとなんともいえない気持ちになった。

投稿者 gaaaaaaan : 03:55 AM | コメント (0)

July 13, 2006

映画評:BRAVE STORY(ネタばれ有)

BRAVE STORY−千明考一 (原作:宮部みゆき)


小説や映画というのは伝えたいことを伝えるためにさまざまな表現方法をとることができる。例えば、人の命の大切さを伝えるために医者の話や戦争の話、ファンタジーアニメ等さまざまな表現を使うことができる。今回はその「表現方法」と「伝えたいこと」の2つに分けてレビューしたいと思います。ただし、「伝えたいこと」の部分は思いっきりネタばれになってしまうので、追記の部分に書き、さらに反転させることにします。最後のエピローグ部分の話をしちゃうからね。


「表現方法」:
小学生のころは学校に行くとすぐにゲームの話をしたもので、例えばドラクエ3に関して「イエローオーブをどこでとればいいのかわからないんだ〜」という会話をしたことを今でも覚えている。そして、その流れでドラクエごっこ、RPGごっこをした覚えは無いだろうか?僕はその覚えもある。小学5年生の頃にジャングルジムを友達6人ぐらいで陣取って、「俺はグリンベレー!」「それじゃ俺は玄武!」とか言いあっていた。グリンベレーはまだ軍隊の名前だからいいけど、玄武って頭悪いよなぁ。しかし、当時は確かにそういったことに夢中になっていた。今ではその面白さがまったく理解できなくなってしまったけど・・・

この映画は、そういったRPGごっこを表現方法に使っている。だが、すでに大人になってしまった僕にはRPGごっこの面白さがわからなくなってしまったように、この表現方法でわくわくするようなことはなかった。ただ、この映画の対象は僕のような大人というよりはむしろ子供であり、そういった子供にとってはわくわくする話なのかもしれない。

また、クライマックスの頃に小学校5年生の主人公がこの冒険を通して得た事を語る場面があるのだが、その内容は小学5年生にしては異常なほど高く、”言わせてる”感が強かったのも残念だった。


以下ネタばれ。

「伝えたいこと」
この映画で伝えたいことは「自分の夢をかなえるために何かを犠牲にしなければいけないならいったいどうするか?」というものであるように感じた。このテーマ自体は非常に興味深く、確かに簡単に決められないことも多々ある。自分は仕事をやめて起業したいんだけど、家族のことを考えるとできない人とか、このテーマに思いっきり該当するんじゃないだろうか?ただ、この映画は自分の夢よりも犠牲を大切にするべきだと伝えていたのが残念であった。実際は状況によるところが大きいよね。例えば、薬の研究者がいて、その娘が不治の病にかかっているとする。その研究者は娘の命を救うためにたくさんの動物実験を行い数多くの動物を殺した。・・・この行為を否定することは僕にはどうしてもできない。そして、実際に新薬のためにたくさんの動物実験が行われているのだ。

最後に、これはひどいな、と思ったのは主人公が自分の夢をあきらめて犠牲を出さないことを選んだのに、エピローグではちゃっかりその夢もかなえられていたことだった。せっかくいいテーマだったのに、なんかもう台無し。

投稿者 gaaaaaaan : 03:23 AM | コメント (0)

June 27, 2006

映画評:クラッシュ

クラッシュ−ポール・ハギス


街に出れば
誰かと体がぶつかったりする
でも心がぶつかることはない
みんな心をかくしているから


自分の人生を見直してみた時に、ぱっと思いつく人とはたいてい喧嘩をしたことがある。これは僕だけのものなのか、それとも他の人もそうなのかはわからない。ただ、怒りや憎しみというのは非常に本心を出すことを求められる感情ではないかと僕は思う。人間関係はお互いの譲歩が重なり合って円滑に動くものだが、その譲歩がうまく折り合いがつかないとき人は怒る。そして本音をぶつけ合うのだ。そうすることによってはじめて、お互いに隠していた本心を伝えることができる。

相手が怒って何か言ってくるものだから、自分もつい言い返して「もういいっ!」とか叫んで家を飛び出すんだけど、公園で缶コーヒーをゆっくりのみながら「あいつってそんなこと考えてたのか・・・」と心を察することの難しさを認識しなおすこと、あなたにもあるでしょう。こうして相手について再認識し、再び強固な関係を気づいていく過程として怒りというのは有用なのだと思う。もちろんなかには、そのままお互いのことを理解できないまますれ違ってしまうこともあるわけだけれども…

この映画で登場する人物は、10人かそれ以上いるんだけれども、みんな怒っているのだ。「そりゃ俺でも怒るよ」とうなずいてしまう場合もあれば、「おいおい、それは逆切れだろー」とあきれてしまうものもあるが、とりあえず全編を通してやたらと皆怒っている。ぶつかっている。しかし、その結果は神に感謝する者、取り返しのつかない過ちをする者など実にさまざまで、そこに人間関係の複雑さ、人の心の複雑さを感じた。
一般的に、怒りというのは出さない方がよい感情といわれているけれど、時には怒ってみるのもいいかもな、なんて考えたあと、時々怒ってしまう自分やその怒った相手が自分の人生にとって重要な人であることが多い、という事実に行き当たるのだ。

投稿者 gaaaaaaan : 11:17 PM | コメント (0)