前回のエントリーと微妙につながる内容なのですが、
工学と芸術の差って何だと思いますか?
工学というのは何かしら目標があって、それに向かって最適化していくことだと思います。
もちろん最適化の過程には数値解析・調査データなどいろんなものを参考にする必要があります。
あたりまえながら、数値解析やデータの解析などを行うためにはある程度の知識は必要になってきます。
理論・解析・データ調査などの手法を学ぶのが大学における工学部の役割だと感じます。
芸術というのは、これはもう主観の問題でしょう。その人にとって良いと思ったものが良い。
そこに理由はありません。
抽象画などはその端的なものでしょう。
何が書かれてるかが問題ではなく、何を感じるか、それが問題となります。
こういう面では、幼稚園児だって芸術家になれそうです。
ただし、頭に思い描いたものを形にするためには技術が必要となってきます。
その技術を学ぶのが芸術大学なのでしょう。
前回のエントリーで
「もし、珍しい形の建物を作る必要があるのならば、それは珍しいということ自体を価値にしたいときである。という現状。」
と書きましたが、工学的に最適化をつきつめていくと、既存の概念にとらわれない物ができてくることがあります。
たとえば、飛行機におけるB−2。
この飛行機はレーダーにひっかからないというステルス性をつきつめ、理論・模型実験・空洞実験などを何度も繰り返し、この形になったと聞きます。
徹底的な最適化によって生まれる、既存の概念にとらわれない自由さ、これこそが工学だと感じます。
ちなみに、だから工学は芸術よりも優れているんだ、とかそういうことを言うつもりは全くありません。
たとえば絵ですが、人の心を落ち着ける絵を作ろうと思ったときに、「赤よりも緑のほうが人の心はおちつく」などの調査結果や美を感じるという黄金比を使うことなどによって、工学的に絵を作ることは可能だとは思いますが、
そうやって作った絵よりも、主観・直感で芸術家が作った絵のほうが心が落ち着く、なんてことはざらにあるでしょう。
まぁ、工学と芸術などは普遍的過ぎて比較できるようなものではないと思います。
少し話はそれますが、kyoto-uで文系と理系、どっちが役に立つか見たいな話がずっとかわされてますが、
せめて、「理系というのは大学における医学部・理学部・農学部・工学部出身者を指し、
文系というのは大学における法学部・文学部・経済学部・教育学部を指す、
その他の学科の出身者はここでは考えない。
追跡調査によると理系出身者の平均納税額は文系出身者の平均納税額よりも多い、
よって、国に収めるお金という尺度で社会への貢献度を測ると理系のほうが優れている」
(↑これはあくまで例であって、実際はどうか知らないですが)
ぐらいはきちっと議論するのがいわゆる理系的な考え方だと思います。
「数学ができないから文系はダメだ」「文系は役に立たない」
などの発言を見ると、そのあまりの理系っぽくない発言に苦笑してしまいます。
理系・文系という分け方じたい普遍的なのに、さらに評価の尺度もあいまい、
これでいったい何を評価するのだろう?
と感じます。
ご存知かもしれませんが、かの有名建築家ル・コルビュジェは
「機能はデザインに一致する」との名言を残しました。
彼の建築物は住居としての機能に優れ、なおかつ美しいものです。
工学も芸術も、突き詰めれば同じところに辿り着くものなのかもしれませんね。
いえ、知りませんでした。
そもそもコルビジェすら知りませんでした。
教えてもらってどうもありがとうございます。
「工学も芸術も、突き詰めれば同じところに辿り着くものなのかもしれませんね。」
もし、本当に同じところにたどり着くならば、それはなんというか、人間の能力というのは本当にすごいものだと思います。
(文字で書いたらあんまりすごさがつたわらないのが泣ける)
一度でいいから、そう感じる場面にあってみたいものです。